大好きなアーティストが、バンドが、解散してしまいました。おいおいそんなことで、と自分でも思うくらい、後ろから頭をバコンと殴られたようなショックで、相当凹んでます。何枚かのアルバムを出して、DVDを出して、ライブに行って、次は何をやんの?をいつも楽しみに期待しては、軽くすかされる感じに快感もあって、思えば精神的にしんどい時も勝手に励まされてみたりもしてた。
音楽が好きだ、と思う裏にはたぶん彼らがいて、僕の中ではダントツ世界で一番好きなアーティストだった。たまにしか行かないカラオケではいつも必ず彼らの曲が入っていないかを確認しては、いつになっても入ることはなく、きっとこれからも入ることはなく、僕が彼らの曲を熱唱出来るのは、きたえーるから帰る暗闇の中でしかないんだ。
大学の時、ふいに友人から薦められたアルバム。あれがなければ今の僕はなかった。何がどう影響してるかなんてわからないけれど、たくさんの音楽への道しるべだったし、ファッションだったり、嗜好だったり、もしかしたら他の何より影響を受けてるのかもしれない。
イベントごとで、ここぞ!って時は絶対にかけるRiddim Saunter。ドライブに行くときは絶対にしのばせるRiddim Saunter。結婚式なんて出来た時には絶対にかけたいRiddim Saunter。シャレオツで、popで、funで、幸せになれる。
“強制するつもりはないけれど、共感してくれる人がひとりでも増えたら嬉しい”。なんだか素敵な感覚。音楽なんてそんなものだと、心底思えたのも彼らゆえ。それまでの僕は、自分だけのイイネが、万人にとっても間違いなくイイネであることを疑わなかったし、それが伝わらないことに信じられなかった。信じたくなかった。今は誰が何と言おうと、僕にとってのイイネを言い切れるし、それが受け入れられなかろうが、それはそれ。わかってくれればいいなーと思って、そっと隣で鼻歌歌うくらいの感じ。
何より、自分が自分をかけてやることに、心の底からの笑顔で向き合える姿勢を見せられた。怖い顔してやるんじゃなく、真顔でやるわけでもなく、笑顔で。それも含めて、表現するってことだなーと、つくづく思った。僕自身、自分が好きでやりたいと思ってることに対して、笑えるかなって、今でも思いながらやってる気がする。
仕事も、遊びも、表現だと。そして生きることさえも。その節々で、笑っていられる彼らがすごく羨ましかったし、そうなりたいなと本気で思った。ステージは違えど、いつもそんなことを思った。
なんだか臭すぎるカミングアウトになってしまった。ダサすぎる告白みたいだ。でも、誰が何と言おうと、僕は彼らが大好きであって、解散という結果に対してすごく残念に思っているわけで、未だ受け入れられないその事実に、どうすることも出来ず、とりあえずやっぱり彼らの曲を聴いては、今後新しい彼らの曲を聴けないつまらなさを感じて、やっぱり残念に思うしかないのである。そう、またライブに、行きたいなー。