怒涛のyoutubeアップが批判の嵐、ムートンです。
今日は起きざま素敵な天気です。日差しは強いけど暑くもなく、カラッとしたナイスな東京。こんな時期だけとは言え素敵過ぎます。
音楽かけてゆっくり昼飯食っていいともみて、ちょっとした中休みにはもってこいの生活ぶりです。このあと仕事も行きますけど。
backはD.Dのハウスで札幌を思い出します。今日はサツコレ。演出チームの存在によってそのイベントを知り、興味を持つってことはきっとそういう最中にいなかったら絶対になかったろうと思います。趣旨よりも何よりも演出チームが僕の的。そんな好奇心が正当か否かは別としても、本当に見たかったなー。見るべきだと思いますよあのイベントは。特に北海道のファンの人は。自分たちを盛り上げてくれる人たちがどれほどのスキルを持ってるかってことを思い知るから。
最近感化される出会いが多くて嬉しくなります。自分にないものを持ってる人が多いなんてものすごく陳腐で、むしろ自分にないものしか他人は持ってないと思う。だから楽しくて当然。ただそこに自分の興味や好奇心の及ぶものがあるのかどうかの違いだけ。
いろんな人に会いたくなってきた。そういうことを書くと野暮でどうしようもないけれど、そういうことを思わなきゃ出会えない立ち位置と、自分自身の価値に、嫉妬みたいな気持もあります。
だって、ピエール瀧なんて疑いようもない天才だと思うし、キュートンなんてどう考えても面白すぎる。そういう存在に僕はきっとなれないのだけど、なってみたいなって気持ちだけは確かにある。そしてその気持ちは何となく無駄じゃない気もしていて、ずっと心の奥にあり続けるんだと思う。
気持の奥に漂い続けてきた暗闇は、別に取り払われたわけじゃないしたぶんそこにまだあるんだけど、その上に明るいシートがかけられたみたいな感覚で、僕の想いがその裏側にまで到達しないだけという意味で、最近はごくごくフラットです。理由はわかっているし、そうやって生きてる自分は自分じゃないみたいなことも、現段階では思いません。ある映画で、抗鬱剤の作用に苦しんで、精神乖離というか、まさに自分じゃないみたいだと、苦しむシーンがありました。すごくわかるんですよね、もっとこうだったはずだとか、こうなるはずなのにっていう想いは、少なからず自分自身だと理解できて、ただ、現実にはそうならない。
沈みきったところだからこそ思い至る節っていうのも確かにあって、そこに辿り着けない今をさびしく思うことも若干あります。でも、鶏が先か卵かってことだから、とりあえず今はそれを強くは考えなくてもいいやってのが正直なところ。
当たって砕けろが、自分の場合当たってくじけてたってことを知ったこの頃です。
皆様いかがお過ごしでしょうか?
とりあえずGWがやってきます。やってくるものは去りゆきます。そう思えば、あと数日ってところでずーっと向こうとの距離を保っている方が間違いなくどきどきするよね。
Muuuuuuuuuuuuuuuuuu