my life and death

鶴見だよ!

1月 24, 2009 · 4件のコメント

他部署の上司で、飲んで酔っ払い、ホームに落ちた男がいます。
天才的な運動能力でヒョッとホームによじ登ったそうですが、それを得意げにカミサンに話したところ、

「馬鹿じゃないの?!」

で一喝されたそうです。気づけば血だらけの右手と、気づけばぼろぼろになっていたズボンを前に、さすがに照れたその上司は、なかなか人前ではそれを明かさなかった…。

って酒飲んだら軽々しく話しとる上司。はんぱねー。

そう、そんな上司もいるんです。面白い上司もいるし、ばりばり仕事する上司もいる。でも何かなー、北国で出会ってきた人たちに会った凄味みたいなもんを持ってる人とはまだ会っていないように思う。

本日は他部署も合同だった新年会。エライ人も来ました。若手を前にしてその方の力説も聞いた。僕の心は動いたか。
結果はさておき、そしてたぶんみんなの思ったとおり。
新卒の新人(僕にとっては3か月分の先輩)が、灯ったばっかりの火を今まさに消さんとしている。つぶれそうで、苦しそうで、でもまじめで素直だから、ふり交わすことも出来ずに、まっすぐに壁にぶつかってまっすぐに跳ね返されようとしている。それを甘えだと吐き捨て、または越えるべき壁と励まし、それで彼の火を守ることができないなら先輩なんて存在はなくなれば良い。何かにつけて昔と今を比較し、諦め交じりでお前が決めることだ?ふざけんな。年は違えど同じ時代に生きてる人間同士が、年が離れてることと生きてきた時間の差だけで心を通わせることが出来ないのなら、上司として僕らの前になんて立つべきじゃない。

同じ時代に生きる者として、上司と部下の存在があるんじゃないのか。

唐十郎が僕らを前にして同世代じゃなく同時代なんだと説いた言葉が、今になって物凄く重みを持って心を揺さぶる。拳や言葉を問わず、人は人を動かせるはずだし、動かせなきゃいけない。それが出来ないことを、時代のせいや人のせいにしちゃいけないだろ。

僕は人によって人生を変えられた。僕は僕を動かしてくれた人と出会えた。苦しくてしんどくてどうしようもないときに、たった一晩の投げかけられた言葉によって、腹をくくって走り続けることが出来た。そういう人間に、今度は僕自身がならなきゃいけないと思ったし、それは業務の数字や肩書が持つ力によってではなく、そのものずばりの人間力そのものだと思っている。

そういうドキドキするような出会いが、無くなってきたと嘆くのは、きっと僕自身のエネルギーが、薄れてきたからなんだろうな。

今日、びっくりドンキーで昼飯を食ったとき、食後のコーヒーに添えられた砂糖の製造元が、札幌で僕が住んでいた近所の見慣れた名前をした企業であることが判明した。なんだか嬉しかった。

でも、なんでだかは、全然わからん。

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