my life and death

1月 2009 からの投稿

ぢゃりんこちえ

1月 28, 2009 · コメントを書く

武藤です。

僕にはひとつ、いや正確にはいくつもなんだけど、コンプレックスがありました。親父とさしで飲みに行ったり、ほとんどしたことなかったんですね。それが、昨日見事にクリアされました。

酒の飲めない親父だから、別に酔った勢いで何とやら何てことにはならないし、それ以前にそんなことを望んでいたわけでもなかったし、それでも話したいことをちゃんと話して、親父もそれなりに普段言わないようなことを言ったりする。僕は僕の想いを伝えることさえすれど、その根底とか、理由だとか、そういうことまでまったく話してなかったんだな。それでも親のありがたみみたいなものは少なからず感じていて、何だかそのことすら薄っぺらいもんだったなと、今になって気づいた。

別に昨日で劇的に変わったことなんてないし、それ一つで誇れることなんてないと思っている。でも、飯食って、ゆっくりコーヒー飲んで、お休みって別れた後に、すごく楽しかった想いだけはちゃんと残っていて、あ、こういうことなんだって、心底実感した。僕は親父の息子なんだってことも感じたし、一人の人間としての親父も感じた。

仕事も始めりゃ同じように話せることだってある。今までわかりえなかったことが分かるようになったりする。最近数年ぶりに会った人が、すごくビジネスに精通するようになって、上司と同じようにビジネスを論じることが出来るようになったことを喜んでいたし自信にしていた。そういう感覚が僕に残ったわけでは一切なくて、親父と対等になったところでそれはそれだけで、何よりそういう人間とそこで話をしたってことが嬉しかっただけで、ただそれだけだった。

感じることは多い。

日曜にBOJのさよなら試合をお手伝いしてきた。OB・OGって立場の人間のエネルギーを再確認したし、何より今いるメンバーがBOJという名前を今なお背負って、同じように想いをしっかりと持っている。くったくたになって家にたどりついたとき、ふと頭をよぎったのは、感謝しなきゃなって事。言われた分のありがとう以上に、僕はありがとうを言わなきゃいけないなって、それは何ら強制力を持たずに、すんなりと、しっかりと心に残った。

中身を言えばきりがなくて、ある子は、おそらく本当に強い思いをもってその日を迎え、それでもそれまでの取り組みに幾ばくかの不安を残し、振り切るために奔走していた感があった。僕は最後の年の同じイベントを、もう先がないと思って迎えた。最後のイベントだと腹をくくって、だからこそ後悔なんて微塵も残したくないと、それだけを考えて突っ走った。残ったのは、後悔だらけだった。

くしくも、突っ走るだけじゃダメなんだったことを学んだのはその後だった。頑張り方やその矛先を間違えたら、突っ走れば突っ走るだけ後戻りできなくなって、傷口を広げる。気づいたのは血すら流れ落ちてからだった。悔しかった。悔しくて悔しくて、本当に涙も出た。安堵もあったけど、そんなもんはったりだと思って、その後はただただ脱力して、ダメになった。

今思えばそういうひとつひとつを笑って振り返れて、日曜の時点でも、MCからQ出しを待つ音響なんて昔と全く同じことをしていた。懐かしいって、本当に思った。

なんだか本当に疲れたけど、良い気分になった。

mr oizoね、この人はすごい。

こういう出会いも素敵。

Lil Mu

カテゴリー: life

鶴見だよ!

1月 24, 2009 · 4件のコメント

他部署の上司で、飲んで酔っ払い、ホームに落ちた男がいます。
天才的な運動能力でヒョッとホームによじ登ったそうですが、それを得意げにカミサンに話したところ、

「馬鹿じゃないの?!」

で一喝されたそうです。気づけば血だらけの右手と、気づけばぼろぼろになっていたズボンを前に、さすがに照れたその上司は、なかなか人前ではそれを明かさなかった…。

って酒飲んだら軽々しく話しとる上司。はんぱねー。

そう、そんな上司もいるんです。面白い上司もいるし、ばりばり仕事する上司もいる。でも何かなー、北国で出会ってきた人たちに会った凄味みたいなもんを持ってる人とはまだ会っていないように思う。

本日は他部署も合同だった新年会。エライ人も来ました。若手を前にしてその方の力説も聞いた。僕の心は動いたか。
結果はさておき、そしてたぶんみんなの思ったとおり。
新卒の新人(僕にとっては3か月分の先輩)が、灯ったばっかりの火を今まさに消さんとしている。つぶれそうで、苦しそうで、でもまじめで素直だから、ふり交わすことも出来ずに、まっすぐに壁にぶつかってまっすぐに跳ね返されようとしている。それを甘えだと吐き捨て、または越えるべき壁と励まし、それで彼の火を守ることができないなら先輩なんて存在はなくなれば良い。何かにつけて昔と今を比較し、諦め交じりでお前が決めることだ?ふざけんな。年は違えど同じ時代に生きてる人間同士が、年が離れてることと生きてきた時間の差だけで心を通わせることが出来ないのなら、上司として僕らの前になんて立つべきじゃない。

同じ時代に生きる者として、上司と部下の存在があるんじゃないのか。

唐十郎が僕らを前にして同世代じゃなく同時代なんだと説いた言葉が、今になって物凄く重みを持って心を揺さぶる。拳や言葉を問わず、人は人を動かせるはずだし、動かせなきゃいけない。それが出来ないことを、時代のせいや人のせいにしちゃいけないだろ。

僕は人によって人生を変えられた。僕は僕を動かしてくれた人と出会えた。苦しくてしんどくてどうしようもないときに、たった一晩の投げかけられた言葉によって、腹をくくって走り続けることが出来た。そういう人間に、今度は僕自身がならなきゃいけないと思ったし、それは業務の数字や肩書が持つ力によってではなく、そのものずばりの人間力そのものだと思っている。

そういうドキドキするような出会いが、無くなってきたと嘆くのは、きっと僕自身のエネルギーが、薄れてきたからなんだろうな。

今日、びっくりドンキーで昼飯を食ったとき、食後のコーヒーに添えられた砂糖の製造元が、札幌で僕が住んでいた近所の見慣れた名前をした企業であることが判明した。なんだか嬉しかった。

でも、なんでだかは、全然わからん。

カテゴリー: life

残る勇気と、出る妥協

1月 18, 2009 · コメントを書く

ゆったりした日曜を過ごしました。明日に対して何とかかんとかは、今日は封印です。

フジテレビで、なんちゃらのエチカって番組をやってました。久々に良い番組だなと思いました。恩師・純粋な愛・自分。最後に茂木さんが言ってたことがこの番組のすべてだったように思えました。

「自分に正直に生きる」

忘れてたり、わかってても出来なかったり、そういうことってとても多くて、ある意味そうなっていくことが大人になるってことみたいな想いもどっかにはある。つまらないけどね。

そう、つまらないんだな。

働くために行った北海道を、働くためだけに出て行った昨年の自分を、何かどうなんだろうと思うこともある。それをした自分の中に、もうどうにも出来ないし、迷惑かけたくないって思いもあったけど。

見渡せば、今に不満を抱く人なんてごまんといる。僕の周りにもいる。そんな中で、それを受け入れ、引きずりつつ生きる人もいれば、これじゃいかんと思い、居場所を探す人もいる。居場所の探し方すら分からずに、苦痛だけを味わいつつ生きる人もいる。引きずってる人から出る言葉にドキドキするものなんてほとんどない気がする。何が楽しいんだろうとも思う。そういう感性がひとそれぞれだってわかっていたとしても、理解できないとこもある。そしてまたそういう人ほど居場所を探す人に「我慢のなさ」を指摘する。その我慢の意義を強調する。

そうじゃねーだろと、少なくとも思う。今の僕は。

こっから先は、またに。

じゃーねー

Lil Mu

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フォード・GM・

1月 16, 2009 · 3件のコメント

ダイハツ!

ドキドキし続けた1日が終わりました。
あ~楽しかった。

今日の俺はやった。やってやった。

落ち着かないからもう今日は書かない!

Lil Mu

カテゴリー: life

バッチコイ

1月 13, 2009 · コメントを書く

魔の日曜夜を抜けちまえばこっちのもんです。どうも、ムートンです。

ここまで来たらやけです。なんぼでもハッピーにいってやろうと思います。

明日、北の国から五郎がやってき

ません。

北の国からほたるもやってき

ません。

どんなボンズがくっか、楽しみです。

オラ、モットツエーヤツニアイテーダ!

Lil Mu

カテゴリー: life

マ・マ・マ…

1月 12, 2009 · コメントを書く

久しぶりに部屋の掃除とかしてみて、それはそれは重たいケツをやっとのことで上げたわけだけれど、それなりに綺麗になったところで、大して気分も晴れないし明日への希望が持てるわけでもなかった。掃除の目的なんて、ないよねきっと。

ふと大学の教授が言ってた言葉が浮かんできて、その時たぶん「すべてを知ってるやつよりも、何も知らないやつのほうが良い」みたいなことを言っていた気がする。「知っていけるから」だそうな。そのくせ「お前らは何も知らない、バカ野郎」的なことも言われてた気がする。結局どっちだったんだろう。

YouTubeでスチャダラパーを聴いた。なんだか大学生のころに戻った気がした。でもどう思い返しても、大学のころにスチャダラパーを聴いた覚えはなかった。

最近何に悩んでいるのかが全然わからなくなってきた。じゃあ何も悩んでないのかと言われると、そんなこともないように思う。常に胸の辺りを何者かに鷲掴みにされてる気がして、心の辺りが素直じゃない気がする。スゲー辛いけど、何に辛いのかわからない。あ、たぶん仕事のことを考えると憂鬱になるのは間違いない。頭で考えてもしゃあないと感じてはいるけれど、論理的に今のシステムに問題があることも間違いないと思う。だからこそどうしようもない。

前に進むのは辛いけど、今の場所にとどまるのもしんどい。

こういうときにナベアツだったらウルトラソウルに助けてもらうのかしら。

JBLだったら純情ACTIONに踊らされるのかな。

もう二年近く働いてるのに、納得しながら過ごした日々がどれだけあったか、あとから振り返ってどうこうなんて今はどうだっていいから、少しくらい納得させてほしい。って願うだけで過ごすことには、やっぱり駄目なのかしら。そりゃないよ。少しは牡丹餅がおっこってきてくれたって、ばちは当たらんでしょ。

単純に、おもしろくねんだよな

くそう

Lil Mu

カテゴリー: life

C’mon!!

1月 10, 2009 · 2件のコメント

普段カレーばっかり食ってるやつがラーメン食ったら
オッ
と思うように、普段感情を露わにせん男が眉間にしわ寄せてC’mon!言うたらそりゃあ身が引き締まるんです。そういう奴だったんだあいつは。嘘だと思ったけど現状は現状みたいで、僕のデスクトップを華々しく飾った彼のユニフォーム姿は、一先ず幕を閉じました。一つ思えることがあるとしたら、

まだ何も終わってねー

ってこと。あいつのチャレンジはまだまだ始まったばっかりで、希望も期待も、ひとつも薄れちゃいないんだ。遠く届かない思いだとしても、彼への尊敬と誇りの念は、いつまでも自分の中に、周囲の中にあり続ける。

いつだってPlay Hardだった彼に、何の心配もしてない。やつはやる男だ。知ってんだそんなことみんな。

僕は誇りを持ってやつのバッシュをぱくり、初オロシしてきました。ホワイトにオレンジのラインは、僕の希望。今もまだ液晶の向こうからほくそえんでます。

さあ、そろそろ僕の番かしら?

のこのことね、のうのうとね。

Lil Mu

カテゴリー: life

Waltz of the Twins

1月 6, 2009 · 2件のコメント

どーもーどーもーどーもー。
手短にいきます。

日産のカルロスゴーンが、子供のころ大好きだったスポーツカーを再販しました。この社会状況の中。車産業だって世界のトヨタが戦後初めての赤字の中。
“車を運転する時の楽しさがある以上、車産業は死なない”

真理であるか否かよりも、そういう視点を強調できることが素敵でならない。愛着や心情だけでビジネスができずとも、そういう想いが絶対的に産業自体を支えているという信念みたいなもんが清々しいなーと思う。

もちろん、メディアにのっかってくるものだから、色も付いてるだろうし実情と真逆なのかもしれないけど、であれど、逆にいえばそれがメディアに載ったってことが素敵。こういう時に、ハートにこぶしを叩き付けるような力強さが、実はすごく大事なんだろうな。

魂。とことん、論理的に不況というのなら、とことん、気持ちだって言ってみたいもんです。言える強さを、頭でっかちになってると忘れちゃうんだろうな。入魂。

何がどう変わることもないかもしれないけれど、結果以上に”こうあるべき、あってほしい”ってもんがこの世の中にはあって、人はそれを素晴らしいと感じられる感性を持っていて、数字の中だけに生きてるわけじゃない僕らが、それを軽視する必要なんてないし、こういう世の中だからこそ、もっと大切にしないと、亡くなっていくもののようにも思える。結果が伴えば何でもいいじゃあ、僕らは何に対して素晴らしいと感じ、美しいと心を揺さぶられ、熱くなれるのか。

そういうことだけ考えたって駄目なんだろうけどさ、考えないで生きることの方が辛いことだってあるでしょ。

僕はこっちに進みまーす。

売れないアーティストが排除されたら、ちょっと腹立つでしょ?

Lil Mu

カテゴリー: life

crisis

1月 4, 2009 · コメントを書く

あけましておめでとうございます。

正月も圧倒的な速さで過ぎ去り、早くも明日からは通常勤務。ブルーマンデー…
よくもまーのんびりとした正月をここまで過ごしたのは、思えば最近あんまりなかった気がします。
イメージではとことんのんびりだった田舎にも、いろんなしわ寄せや不況なる化け物の巻き起こす混沌の中にあるようで、いろんなところでいろんなやつが考えていて、ただそれは実態もない不安や恐怖に対してであるように思え、実態がないのだから不毛でもあるようだし、ただそれさえも強いられている状態に、異常を感じざるを得ないところです。

預言者じゃないけど、僕の知人は、だいぶ前からcrisisなる表現で語っていました。まさにだね。
こうしてテレビ見てると、ニュースなるものはあくまでも報道であって、社会をよくしようとするエネルギーを発信しようとは決してしないことがよくわかる。一方

昨日の東京体育館は、現状に満足しない輩共にはいくらか刺激が強すぎました。
「おれ本気でバスケやるわ」

そう宣言した人間を身近なところで二人も目撃しました。三人目は僕ね。

そういうポジティブな思いを助長するものが確かにあるのなら、切実なニュースよりも、東京体育館の方がよほどハッピーだと思う。箱根駅伝然り。ラグビーもまた然り。

あとクサレ縁みたいなもんをちょっとだけ実感しました。頭の中にひとつの爆弾も投下されました。悩ましき現状…

だからやっぱりこういうこと考えて形に出来ることをすげーと思うし、そういうことこそが世界をハッピーにしていくような気がします。

Lil Mu

カテゴリー: life