my life and death

12月 2008 からの投稿

平成不況に思うこと

12月 23, 2008 · 2件のコメント

本日お休みです。ゆっくり目覚めて、ちょっと起きてまた寝て、今年の休みはずっとこんな感じ。
今年のって枕ことばはおそらく来年も使います。

派遣労働者切りとか、経営破たんとか、朝からテンション下がるニュースばっかりですね。どこの世界にも当たり前と思っていたけれど、いい加減やばいだろうと思うには充分すぎるほど企業数。幸いにしてその最中に身を置いていないぼくは、これはどうなってしまうんだろうってことを外から眺めているんだと思う。

昨日広告批評の12月号をやっと買って、糸井重里さんの対談を読んだ。ネットやらブログってツールは、文章が完結している必要がない世界。活字に生きる人たちは、問題を提起したらその原因を探り、現状を語り、解決までの術を提案する。バーチャルにはその必要がなく、というかなくてもよく、ポンっとボールを投げたらそれまでって手法は往々にして起こりえる。そういうことを10年も前から説いていたのをどう評価するかなんてことはどうでも良いけれど、確かになーとは思う。

何事も上手くいかなくなると考えることは多くなる。それ以前のプロセスでは、頭よりも感覚で過ごしていたことにも、その意味や目的を探すことに奔走する。置き換えたら自分も同じ。ハッピー極まりないと感じていた時分にはそう感じる自分だけが僕の中にはいました。けど、そうそううまくいかなくなると頭が働きだす。論理によって、ハッピーでない理由や原因を探り出す。でも大事なことが抜けていて、それは論理によっては感性は動きがたいということ。

トップアスリートが、ゲーム中の判断力に関して語る場面がありました。
「ここはどうしてこういった反応をしたのでしょうか?」

「本能ですね。その瞬間には本能によって身体が反応し、のちにそれを理由づけるファクターをあと付ける」

これって結構リアルな気がしていて、トレーニングや練習といった中では、意味や理由を強調して行えど、それは実際のゲームの場で頭をフル回転させたって判断できないことは多い。要は、そうして行ったトレーニングを身体に定着させて、浸透させて、無意識行動にまで落とし込みましょう、ってことだと思うんですよね。

ああもう何が言いたいのかわからんくなってきた。

理性よりも感性の方が強いっていうことは僕の中では一つの大きな軸で、間違いないと思っています。
ジャッキー・チェンだって言ってたでしょ?局面局面で何を考えるかよりもどう感じるかにフォーカスすべきだと思うし、促すのだとすれば理性によってよりも感性によって導かれるものを強調すべきだと思います。それは楽をすれ、苦労から逃げろではなくて、気持ち良い方向へ進むための道を探れってことだと思うんですよね。

スゲー苦しんでる人がいて、人たちがいて、そういう人には良い思いをしてほしい。心底思います。
それに対して何も出来ないってことが悔しいし、無力感だなー。

Lil Mu

カテゴリー: life

脱却

12月 21, 2008 · コメントを書く

7月16日を迎えた日、久しぶりに早朝から体を起こす感覚を思い出した。5分も歩けばホームへ立てるその駅は、これから毎日利用を強いられる。びくびくしながら電車を待つ感覚。意外にも利用客が少なくて満員には程遠い通勤列車。真っ当な社会人のレッテルが、そのうち自分の背中にも貼られる。会社を門を叩くのもよそよそしくて、結局自分が1年間やってきたことは、相当に特別だったことを痛感する。

1年の経験なんてないものと同じがごとく、新卒と同じように上司に付き、何も出来ないうちは、何もせぬままに帰社する日々。労働環境なんてくそくらえな足元は、当然の如く悪くない居心地で、自分が職を持つことに安心していた気がする。ハッピーだと心底思った。今思えば、仕事に対する感想なんて何一つ述べてなかった気がする。口にしていたとしてもそれは、何より前提はハッピーな足元であり、仕事そのものではなかった。だから、何はともあれハッピーだった。

それが逆転した。そうなるべき時期が来たのかもしれない。仕事が前提で、その後にその環境が来た。昨年のそれは、今と真逆だった。あとからあとから環境が首を絞め、仕事がどうだなんて思えなくなった。

とことんやろう。それは前向きに闘う姿勢であり、諦めの言葉でもあった。自分の感覚を閉ざし、吐き捨てたってどうしようもない言葉を、あえて包み隠すマジカルワードだった。

それでもどうだろう。仕事に対して、嫌な思いはあれど、心底投げ捨てることなんて出来なかったし、しようとも思えなかった。節目節目で想いをたぎらせる瞬間に立ち会えて、大好きな人たちと常に顔を突き合わせて仕事をしていた気がする。それを幸せに感じないわけがなかった。

こうまで去年のことを思い返すことはいい加減恥ずべきことなんだろうか。ただ僕には一度立ち止まって、読み返すべき歴史のページなんて、去年の一年分しかない。参考にすることも、前提にするものも、去年しかない。表現することを秘めてきた想いもたくさんあった気がする。それを今になって吐露することもないけれど、少しずつ溶かしていって、形を変えた想いは、それとして受け止めたいとも思う。

このままじゃいけないこともわかっているし、今の自分に出来る範囲も何となくわかっている。

あの時にあの人が言った、

「力を付ける」

って言葉は、こういう時にどう出来るかってことなんだとしたら、僕は前に進まなきゃいけないと思う。僕も思う。力を付けたい。

Lil Mu

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唄いたいと思いまーす

12月 21, 2008 · コメントを書く

惚れてまうやろー

Lil Mu

カテゴリー: movies

近況

12月 21, 2008 · 2件のコメント

ネットが繋がらない間に、二度札幌へ戻った。あえて戻ったという表現をためらわない。
札幌へ初めて降り立った当時は、こんなクソ寒くて物質的にも精神的にも東京に及ばない世界で、やっていけるかと心底思った。住めば都の言葉は、そこで働けど住む感覚を持てない生活の中、なかなか身体に馴染んではいかなかった。結局仕事を終えるくらいまで、札幌の良さなんてもんは実感出来なかった。出来るようになったのは、自分自身の手に、長い時間と余裕が与えられてからだった。

ただそれだけが札幌を都にしてくれたわけでないことは今の僕にはよくわかる。かけがえのない人たちが札幌にはいて、そういう人の中にいる自分を実感してこそ、だった。

今の世界にそういう人たちがどれだけいるのか、札幌で働いていた時になかなか実感しきれなかったのと同じように感じられないだけなのか、本当にいないのかはわからない。それと、どうして見ず知らずだった札幌という地においてそういう人たちに出会えたのかも、正直奇跡的な要素もあると思っている。それでもひとつだけ確かなのは、命をかけて働いたって実感が札幌にはあって、東京にはなく、札幌の時のそういういわば捨て身の自分が生んだものは、少なからずある気がしている。

なりふり構わず、とことん、ひたむにきひたすらに、そういうものがどういう結果を表現するのか、それらがない状態とは大きく違っていることにもここにきて気が付いた。でもそれがエイヤッと出来ることでないこともわかっている。出来てないんだから尚更わかる。いろんな覚悟をした。札幌のときは。今はしてない気がする。いろんなことを天秤にかけて、出来るだけ捨てないように、手中に収めたまま。そんな感覚。

頭の中に灰色の雲が一面に広がっているようなものである。それも重厚で、なかなかどうしてびくともしない。それが何に由来するものか、だいたいわかっている。でもそれを形に残してしまったら、確実に定着してしまう気がして怖い。もうそのストレスから逃れられなくなってしまうようで、あえて書くのが怖い気がする。そんな中、どうしようかと考えてる。考えてもその雲が遠のいてくれるものだとは一向に思えないけれど。

大好きな選手の履いていたバッシュを買ってみたり、ネットを繋いでみたり、携帯を変えようとしてみたり。

そんなんで何かが変わるわけもないのに。

Lil Mu

カテゴリー: works

I’m back!

12月 20, 2008 · コメントを書く

どーもーどーもーどーもー。久しぶりに家でゆっくりとPCに向かってます。
やっと繋がったー長かったよー

ヒッキーがヒッキーたりえたツールを奪われるとこんなにも心細く弱いものかと痛感しました。
必要なものは必要だね。

この断絶時期に、CDだけは欲しいものを手に入れ続けました。

FRONTIER BACKYARD,DEDE MOUSE,CHUNK OF CHANGE,OUR FAVORITE FAB,UYAMA HIROTO…

最近大好きになった代官山の素敵なショップでジャケ買いしたCDですが、その後ラジオでも耳にしたし、何やらitunes Storeでも売れまくりだそう。jetsetでも1位になってました。凄かったのね。
エレクトリックだけど暖かみのあるキュートさで、ポップで、でもダンサブルで素敵。

これはもうマフラー巻きたくなるのとほとんど同時に欲しくなります。nujabesを視聴した時に感じたような、何だかその場にいることが切なくて胸を締め付けられるような、切望やら悲壮やら色んな想いが身体から昇華していくような感覚。

DEDE MOUSEは僕にとって札幌を象徴するような音楽です。ipodで聴いてしまえばもうすぐにでもジンギスカンが喰いたくなる。
書いてるそばから喰いたくなる。

札幌を象徴する第二の音楽。札幌ってよりも、フェイであり、ニートであり、ビデオレターであり横チンである。あ、あとサツコレね。ハウスのループはどこまでもどこまでも時間を繋げてくれるようであり、逆に終焉の象徴である気がしてなりません。だからこそ想像の世界でループする。

それでもやっぱり僕にはこれ。

Lil Mu

カテゴリー: life

8:04PM

12月 18, 2008 · 4件のコメント

どーもーどーもーどーもーPerfumeですー。

光のスピードでやってくるはずだった社会への糸口は、うちの目の前の電柱で撃ち落され、あえなく御用となりました。おかげでいかさまな東京タワーみたいなバケモンから発信される波をキャッチする方法で、狭くて乏しい糸口がやってくる模様です。

さらには欲しかった携帯も製造中止でお手元から零れ落ちました。

そしてそして欲しくなかった菌までいただきました。吐き出すまでに3日間。およよ

クリスマスだの年末だのプチダノンだの言ってる場合じゃありません。
欲しがりません勝つまでは。髪の毛だって求めない北国の漢を見習わずに誰を見る。僕はやらん!

何だかわけのわからない形で、久しぶりの表の世界から足を洗いたいと思います。そしてステーキを食って帰ります。

目の前ではボクの先輩がデジカメを片手になにやら怪しげなポーズ。そして悩ましげな顔。

とりあえず、もっとPerfumeを見つめ直せ!世の中!

Lil Mu

カテゴリー: life

23:10

12月 2, 2008 · コメントを書く

どーもーどーもーどーもー。会社です。

煮詰まりすぎるとどうにも効率が落ちちゃいますね。気晴らしに開いたネットで長々とサーフィン。
いかんよね。波にも乗りすぎはダメですわ。

ながーい一日が、仕事終わりには
「今日も早かったな~」
と思えるのは、少しはバリバリやっている証拠なんでしょうか。そう思いたい。

去年に比べて少しは成長してるのかしらなんて比較も出来ない対象を思っては、週末にどきどきしてしまうこの数日は、何とも表現しがたいふわふわしたような感覚です。

あ~あ、大して面白いことも浮かばない。

最近思うんですけど、やっぱり面白おかしく話すことは、日々続けていかないといけないですね。
そりゃ周囲の環境がモノを言いますよ。フェイとか○チンみたいな人がいるところで働いてりゃそりゃ言いたくなくてもいっちゃうからね。ましてやゴリラも理不尽会もあるんだから。

間違いなくボクツマラナクナッテルヨ

考え出したらリアルに恐くなってきた

かえろ

LIl ムー

カテゴリー: life